神剣と名刀
ある日の昼過ぎ、電撃PSを読んでいた薙が昼食の洗い物をしている万葉ママに言った。
「ねえママぁ、『久遠の絆』のサントラCDが出るんだって。欲しいなぁ。」
「だめよ、薙。そのサントラ、通販でしか売ってないでしょ。送料780円だってバカにならないんだから。
ゲームの鑑賞モードで我慢しなさい。」
「ママのケチ。今週『パパと添い寝』変わりばんこにしてあげようと思ったのに。」
ボソッと薙がもらす。
この間ちょっとした手違いで薙にケンカを売ってしまった万葉は、
半年間『パパとお風呂』と『パパと添い寝』の独占権を薙に認めることで許してもらったのだった。
「あらそう? 薙ちゃん。(はぁと)そうねえ、サントラもいいわねえ。オリジナル曲も入ってるっていうし。予約しよっか。(にこっ)」
とたんに態度が変わる万葉。
「もう、いい。自分のことしか考えてないママなんて大嫌いっ。もう絶対『パパと添い寝』さしてあげないモン、ふん。」
と言い残し、薙は部屋を出ていってしまった。
(くぅーっ、この娘は…!
なんとかして一度薙をギャフンと言わせたいものだわ。
このままでは武さんと私の関係が…。
でも相手は「あの」叢雲だし…。
なにかいい手はないものかしら?)
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「そうだわ、あの神剣『天叢雲』だって折れたことがあったじゃない。
幕末に新撰組の沖田さんに折られたって前に武さんが言ってたわ。
あの時沖田さんは三巳虫を呑んでたのよね。
うふふふ、これだわ。見てなさい、薙。」
「問題は三巳虫よね。どうやって手に入れたらいいかしら。
それといくら私が『技のニース』と言われるほどの強者でもやっぱりそれなりの武器がないと…。
沖田さんの『菊一文字』は残っていないかしら。」
その時、
「ピーンポーーン」
玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい。
あら、お隣の道満さん。どうしました?」
「どうしましたじゃないですよ、まったく。お宅の子と来たら。
この傷、見てくださいよ。」
よく見ると道満の肩や背中にいくつもの傷がある。まあそのすべてが今日つけられたものではないだろうが。
「また、薙にやられたの。お宅もたいへんねえ…、じゃなくてあの娘にも困ったものね。」
この手の苦情は聞き飽きたとばかりに万葉は返答する。
が、ふと思いついたように、
「あ、そうだ。道満さん、一度薙をギャフンと言わせたいでしょう?
ねぇ、三巳虫なんて持ってない?」
「え? (これが母親の言う言葉なのか?)
まあそりゃあできるものならそうしたいですけど。
三巳虫? 娘さんに呑ませるんですか?」
「そんなわけないでしょう!(どうしてそうなるのよ)
あれ以上欲望のままに暴れられたら土蜘蛛の太祖と同じじゃない?」
「(今でも似たようなもんだけどなあ)
じゃあ、一体誰に呑ませるんです?」
「私が呑むのよ。三巳虫でパワーアップして、さらに幕末最高の剣士、沖田総司の『菊一文字』があれば薙だって敵じゃないわ。」
「はあ、そうですか…。でも生憎私は三巳虫なんて持ってないんですよ。
確かに春狛の時代は使った記憶があるんですが今はもう…。」
「あらそう、じゃあ他を当たるしかないわね。」
「あ、そう言えば、隣町にある「日本デロスランド」知ってます?」
「ええ、まあ。それがどうかした?」
「そこに百足や大蜘蛛の剥製が置かれた部屋があるんですよ。
だから『三巳虫』や『菊一文字』などの小道具の数々もあるかもしれませんよ。」
「そう、ありがとう。早速行ってみるわ。」
そして万葉は『日本デロスランド』にやってきたのである。
「こちらかしら。」
平安、元禄、幕末編の部屋とは別の方向にあやしげな部屋がある。
扉を開けるとすぐに鵺や大蜘蛛の置き物―といっても一目見た限りではとても作り物とは思えない―が眼に入ってきた。
そして部屋の中を一通り見渡そうとした時、かすかに聞き覚えのあるような、ないような声が聞こえてきた。
「あ、ここは関係者以外立ち入り禁……
あれ、高原さん?」
「あ、篠塚君?」
鵺や大蜘蛛の置き物の右の方に、高校の同級生で修学旅行でも同じ班だったことのある篠塚がいた。
「どうしたの?こんなところで。」
「いや、僕今こちらでバイトしてるんです。もともと歴史物に興味があったし。
高原さんこそどうしたんですか?」
「私?、私はちょっと探し物があって…。こちらにあるらしいって聞いたものだから。
あ、それと私、御門万葉になったの。知らなかった?」
「あ、そう言えばそうでしたね。でも「高原さん」の方が呼びやすいからそうさせてください。
あ、ところで探し物って何ですか? 僕でよかったら力になりますよ。」
「うーん、じゃあ話しちゃおうかしら。2つあるんだけど簡単な方から言うわね。
新撰組の沖田総司さんが使ってたっていう『菊一文字』ってこちらにある?」
「ああ、『菊一文字』ですか。先月までここにあったんですけど、今大阪の博物館にお貸ししてるんですよ。
名前の付いた刀関係はセキシュウサイの残した『名刀千鳥』しかないですね。
『三段突き』は使えませんが『雷殺斬』が使えますよ。」
(すみません、違うゲーム入ってます。(^^)
「うーん、まあそれでいいわ。明日まで貸してくれない?」
「まあ、他ならぬ高原さんの頼みなら仕方ないですね。」
と言い、部屋の隅の方に立て掛けてあったいくつかの刀の中からひときわ大きく豪華な鞘に収められた刀を手に取り、万葉のところへ持ってきた。
「ありがとう。それともう1つなんだけど、『三巳虫』なんてものあるかしら?」
「三巳虫、ですか? ちょっと待ってくださいよ。今『小道具リスト』引きますので。」
篠塚は側にあった本棚からとあるファイルを取り出し調べ始める。
「さんしちゅう、さんしちゅう、…と。あった。なになに、これを呑むと……
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
高原さん? こんなあぶなそうなものどうするんですか?」
「ちょっとね」
「ちょっとね、って…」
「どうしてもいるのよ。お願い、篠塚君(はぁと)」
修学旅行で「こちらこそよろしくね。」と同時に出した笑顔に「はぁとまぁく」まで付けて万葉が頼み込む。
菊乃の『おねだり』ポーズをも凌駕するこれをやられて断れる男はいないだろう。
「わ、わかりましたです。
ええと、この引出しの中のようですね。」
ゴソゴソ。篠塚がすぐ横にあった棚の引出しを漁る。
「これですか?」
やがて篠塚が『三巳…』と書かれた破れかけのラベルのついた小さな瓶を取り出した。
中にはなにやら気持ちの悪そうな虫らしきものが3分の1ほど詰まっている。
「そのようね。じゃあ借りていくわね。今日はどうもありがとう。」
用件を終えた万葉はさっさと部屋を出ていこうとする。
「あ、高原さん…」
「心配しないで。娘を殺すのに使ったりしないから。(微笑)」
「え?・・ええ!? ちょ、ちょっと、高原さん…」
篠塚はあわてて部屋を飛び出すが、もう万葉の姿は見えない。
・・・・・・・・・・・・
(うふふふ、これであの娘も……)
右手に『名刀千鳥』、左手に三巳虫の小瓶を持って万葉は帰途を急いだ。
もうすぐ薙に一矢報いることができるかと思うと、万葉の顔は自然にほころんでいた。
家に着き玄関を開ける。
すでに夕方になり外は薄暗くなっていたが、家の中は電気がついて明るい。
薙が帰ってきているのだろうか。
万葉は足音を忍ばせながら中に入っていった。
居間の方からテレビの音(?)が聞こえてくる。
音を立てないようにそろりと近づいていく。
万葉がそっと覗き込むとテレビから久遠の絆のBGM『あなたをもとめて』が流れている。
テレビの画面には例の『BGMリスニング』モードが映っている。
そしてテレビの向かい側のソファの上に薙が仰向けに小さな躰を拡げて眠っていた。
万葉は
A. 今がチャンス!おもむろに薙に向かって名刀千鳥を振り降ろした。
B. 念には念を入れ、三巳虫を飲むことにした。
C. この寝顔がたまらなく可愛くいとおしかった。
コメント
B.は最後がいいですよ。(^^